Official髭男dism「Pretender」歌詞考察：「グッバイ」に込められた自己欺瞞と運命の諦念
Official髭男dism「Pretender」歌詞考察：「グッバイ」に込められた自己欺瞞と運命の諦念
Official髭男dismの楽曲「Pretender」は、その洗練されたサウンドと耳に残るメロディで広くリスナーの心をつかみ、社会現象とも言えるヒットを記録しました。一方で、この楽曲の歌詞は、一般的なラブソングとは一線を画す、複雑で内省的な感情が描かれている点が特徴です。特に、繰り返される「グッバイ」という言葉や、「運命」という表現には、表層的な別れの歌に留まらない、主人公の深い心理が隠されていると考えられます。本稿では、この「Pretender」の歌詞を文学的な視点から分析し、そこに込められた作者の意図や主人公の真意について考察を深めます。
「Pretender」というタイトルが示唆するもの
まず、楽曲のタイトルである「Pretender」という言葉に注目します。Pretenderとは、「〜のふりをする人」「偽善者」「見せかけの人」といった意味を持ちます。これは、歌詞の主人公である「僕」が、自身の本心や置かれた状況に対して、何らかの「ふり」をしている、あるいは偽っている可能性を示唆しています。
歌詞全体を通して描かれるのは、叶うことのない恋に対する主人公の葛藤と諦めです。相手の幸せを願いつつも、自分自身はその関係性に深く囚われている様子が描かれます。この「Pretender」というタイトルは、主人公が「相手をきっぱり忘れられたふり」「未練がないふり」「友人として割り切れているふり」など、様々な「ふり」をしている姿を映し出しているのかもしれません。それは、相手に対する偽りであると同時に、自分自身を欺く「自己欺瞞」の姿勢であるとも解釈できます。
繰り返される「グッバイ」の複雑な響き
楽曲のサビで印象的に繰り返されるのが、「グッバイ」という言葉です。通常、「グッバイ」は別れを告げる際に用いられる、比較的シンプルで前向きなニュアンスも含む英語のフレーズです。しかし、「Pretender」における「グッバイ」は、単純な別離の言葉としてだけでは捉えきれない、複雑な感情を伴っています。
例えば、サビの冒頭は以下のように歌われます。
グッバイ 君の運命のヒトは僕じゃない 辛いけど否めない でも離れ難いのさ
ここで「グッバイ」と宣言しつつも、直後に「辛いけど否めない」「でも離れ難い」と続き、別れを受け入れられない本心が吐露されています。この「グッバイ」は、相手に対して、あるいは状況に対して、あるいは自分自身の叶わぬ願いに対して、無理矢理言い聞かせようとしている言葉のように響きます。それは、別れを決断し、前に進もうとする意思表示でありながら、同時にその決断が揺らいでいることの証でもあります。
さらに、この「グッバイ」は、自分自身の中にある「この恋が叶う可能性を信じている自分」や「相手にとっての運命のヒトでありたいと願う自分」への別れを告げているとも考えられます。「Pretender」として「運命のヒトではない自分」を演じるために、「運命のヒトになりたかった自分」に「グッバイ」を告げている、という自己内部での葛藤が読み取れます。
この「グッバイ」は、明確な区切りというよりも、むしろ断ち切りたいのに断ち切れない、宙ぶらりんの感情を表す言葉として機能していると言えるでしょう。決別を装いながらも、実は最も別れられない対象が自分自身である、という皮肉な状況が、「グッバイ」という一見シンプルな言葉によって巧みに表現されています。
「運命」という言葉に込められた諦念
歌詞の中で「グッバイ」と並んで重要なキーワードが「運命」です。「君の運命のヒトは僕じゃない」というフレーズは、主人公がこの関係性の限界を悟り、それを抗えない「運命」として受け入れようとしている姿勢を示しています。
文学や物語において「運命」は、しばしばロマンチックな出会いや、強く結びつく二人の絆を描く際に用いられます。しかし、ここでは「運命」は繋がりではなく、むしろ断絶、そして諦めの理由として提示されています。「君の運命のヒトは僕じゃない」と定めることで、主人公は自分自身の願望や努力ではどうすることもできない領域としてこの状況を位置づけ、それによって自己を納得させようとしているかのようです。
この「運命」という言葉は、真に抗えない宿命を表しているのかもしれませんが、同時に「どうせ叶わないから仕方ない」という、自らの諦めや無力感を正当化するための言い訳として使われている可能性も否定できません。自分が「Pretender」として振る舞うことの苦しさから逃れるために、「運命」という大きな力のせいにして、自らの敗北を受け入れているようにも読み取れます。
他の表現から読み取れる内面
他にも、歌詞には主人公の複雑な内面を映し出す表現が散りばめられています。
もっと違う設定で もっと違う関係で 出会える世界線 選べたらよかった
「世界線」という言葉は、SF的なパラレルワールドを思わせる表現です。これは、現実世界では叶わない関係性を、もし別の可能性があったならと強く願う、現実逃避の願望を示しています。しかし、同時にこれは叶わない願いであると自覚しているからこそ、かえってその届かない思いが強調されています。
笑い話にしたくてたまらないのに ロマンチックに程がある
このフレーズは、主人公がこの辛い経験をいつか笑い話にできるようになりたいと願っている一方で、現状ではあまりにも切実で、詩的・感傷的に過ぎる状況にあることを示しています。「ロマンチック」という言葉を、皮肉めいたニュアンスで用いている点も、主人公のひねくれた、しかし正直な心情を表しています。
また、「魔法をかけられた」といった比喩は、理屈では説明できないほど相手に強く惹かれ、その魅力に囚われている様子を描写しています。これらの表現は、単に出来事を述べるだけでなく、主人公の感情の機微や、言葉にならない内面的な葛藤を豊かに描き出しています。
まとめ
Official髭男dismの「Pretender」は、「グッバイ」や「運命」といった言葉を多層的に用いることで、叶わない恋に苦しむ主人公の複雑な心理を見事に描き出した楽曲です。タイトルである「Pretender」が示唆するように、主人公は自己を偽り、「運命」を理由に諦めを正当化しようとします。繰り返される「グッバイ」は、別れを決断しようとする意思と、別れられない本心が交錯する、自己欺瞞の言葉として響きます。
この歌詞は、単なる失恋の悲しみに留まらず、人間が直面する自己認識の難しさ、理想と現実のギャップ、そして抗えない状況における諦めや弱さといった、より普遍的なテーマを含んでいます。文学的な比喩や皮肉を交えた表現を用いることで、「Pretender」の歌詞は、リスナーに深い共感と多様な解釈の可能性を提供していると言えるでしょう。この楽曲のヒットは、多くの人がこうした複雑で飾らない感情に共感したことの証なのかもしれません。